♪ちょっといい話♪ - 2008/04
在宅ビジネス、副業、副収入、SOHOのあい間に、教育、子育て、健康、ダイエット、人生等に「ちょっといい話」の雑誌や新聞の記事を紹介します。
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2008年04月29日(Tue)▲ページの先頭へ
■1■卒乳■
◆その子の「時期」を待つ
埼玉県春日部市(主婦 33歳) 小2の長男、幼椎園年長の長女、3歳の二男3人の子どもがいます。 全員母乳で育ちました。 特に長男の卒乳には苦労しました。 1歳半になった時、"もう年齢的にやめさせなくては"と断乳を試みました。 ところが長男は大泣きに泣いて、その泣き方はこちらまで涙が出るほど。 しまいには壁に頭をぶつけて泣くのです。 "まだやめさせる時期ではない″と思い直し、 それからは、また好きなだけ飲ませることにしました。 2歳を目前にして、長女がおなかにいることが分かりました。 産院の先生や看護師さんに、 「お兄ちゃんになるんだよ。おっぱいは我慢。卒業しようね」と優しく説かれると、 本人なりに納得したのか、頑張って卒乳することができました。 長女の場合は、食べることに興味があって、徐々に飲む回数が減っていき、 二男の妊娠が分かった段階で、あっさりと卒乳しました。 二男は2歳を過ぎてもしっかり飲んでいましたが、 ある日、私が緊急に入院することに。 翌日病院に来た時、点滴を受けている私の姿を見て 「僕、我慢する」と言い、そのまま卒乳となりました。 同じきょうだいでも、卒乳の仕方は三者三様。 でも、その子に合った「時期」があると思うのです。 無理に「断乳」を押しっけることなく、 できることなら本人が納得して「卒乳」できる日を待ってあげてほしいなと思います。 ◆決めるのはお母さん 東京都昭島市一(主婦 37歳) 娘が1歳5カ身の時に断乳しました。 それまでは夜中も1、2時間おきに、おっぱいで起こされていました。 私自身、夜たびたび起こされることがつらく、 やめたいと思いつつ、看護師さん等に相談しました。 でも、「今の時代は無理にやめなくてもいいんですよ」と言われ、 やはり「自然な形で」が理想的なのかなと、 大きなストレスを感じながらも授乳を続けていました。 そんなある日、スーパ−に開設されている育児相談を訪ねてみました。 そこの保健師さんは、「たしかに自然な形でやめるという考え方が主流だけど、 ″決めるのはお母さん″でも、決して間違いではありません。 仕事や病気の治療の都合で、やめざるをえないお母さんもいるわけですからと アドバイスしてくれました。 この言葉で、すっと肩の荷が下り、断乳することにしました。 昼間は1日くずるだけで済みましたが、夜間は丸10日大泣きです。 泣くたびに抱っこして歌を歌い、なだめ続け、ついに断乳することができました。 うっかり、「げんこつやまのたぬきさん」を歌い、 ″おっぱいを飲んで眠る″という歌詞があるので、 慌てて途中で違う曲に変えたりしたのも今では懐かしい思い出です。 すべてが理想通りにはいかないものですよね。 大切なのは、できないことを無理しすぎたり、嘆くのではなく、 愛情をもって他の方法を考えることではないかと思います。 (聖教新聞より) ◆私は、和歌山在住の【miz】といいます。 不況で30数年勤めていた会社が閉鎖、全員解雇となり 副収入を捜していた時です。 工場で物を相手に仕事をしていた私にでも出来る在宅ビジネスに出会いました。 おまけに喜んでもらえて副収入になる在宅ビジネスでした。 本当に良かった。(^ △ ^)♭♪ この在宅ビジネスに出会えて!
2008年04月19日(Sat)▲ページの先頭へ
■3■育児ストレス■
◆夫婦で"親バカ"おしやべり
大阪市西滝川区 (主婦 35歳) 2歳半の男の子と1カ月の女の子の世話に、 大わらわの毎日を送っています。 楽しいこともありますが、疲れてイライラすることも。 そんな時、私はとにかく「しゃべる」ことにしています。 同じマンションのママ友達や、 子育て支援センターにいるママや保育士さんとおしゃべり。 近所の先輩ママには泣きつき、実家の母とは長電話。 いろんな人と話す中で、″大変なのは皆、同じなんだなあ″と再確認し、 安心したり励ましてもらったりして、心を軽くしています。 そして、″子育ての同志″ダンナさまをつかまえて、 夜中までおしゃべりすることも。 あの時はこんなにもかわいかった、 うちの子はこんなにスゴイ!などと、 二人で思いっきり「親バカ」になって話すのです。 そのうちに、やんちゃなお兄ちゃんも、 夜中にたくさん泣く下の子も、″わが家に来てくれてありがとう″と、 感謝の気持ちでいっぱいになります。 忙しいパパですが、私のおしゃべりに付き合ってくれて、 これも立派な子育てだと感謝しています。 ◆大変なシーンはビデオ撮影 福岡市早良区(主婦 39歳) 双子の娘がいます。 「双子ちゃん大変ね」とよく言われましたが、 大変なんてものじゃありません。 おんぶに抱っこで家事をこなし、 どれくらい寝たか分からないほどの睡眠時間。 頭は五百円大の円形脱毛症に。 「私、生きてる?」と、よく自問していました。 成長の早かった双子は10カ月で歩きだし、イタズラ女王へと変ぼう。 タンスの中身を全部出し、 ふすまを破って"トンネル遊び"はまだ、かわいい方です。 風呂場で大物の洗濯をやっと終えて部屋に戻ると、 オリーブオイルを頭からかぶって、 二人でキャッキャッと笑いながら塗りあい、 畳もじゅうたんもオイルまみれ。 それらを全部取り除くと、 今度はハンドクリーム3瓶を全部空にして、同じ状態に。 もう限界でした。 このような時、私はよくビデオカメラで撮影するようにしました。 「大変なことになっています。 この笑いはどこから聞こえるのかな〜」などと解説を加えながら、 ファインダーをのぞくと、 悪魔でしかなかったわが子も天使のように見えました。 体調も優れず、イライラして双子にあたってしまいがちな時は、 ビデオカメラを部屋の隅に固定。 すると人目があるような錯覚に陥り、 優しく接することができました。 双子が5歳になった今、ビデオを使うことはなくなりましたが、 撮った映像は生涯の宝です。 イタズラ双子の映像を見ながら、家族は皆、大笑いですが、 私だけは涙が流れてしまいます。 だれも言ってくれないけれど、 「私、よく頑張ったね。私、えらかったね」と。 (聖教新聞より) ◆私は、和歌山在住の【miz】といいます。 不況で30数年勤めていた会社が閉鎖、全員解雇となり 副収入を捜していた時です。 工場で物を相手に仕事をしていた私にでも出来る在宅ビジネスに出会いました。 おまけに喜んでもらえて副収入になる在宅ビジネスでした。 本当に良かった。(^ △ ^)♭♪ この在宅ビジネスに出会えて!
2008年04月11日(Fri)▲ページの先頭へ
■2■育児ストレス■
◆大きな声で歌つて晴れ晴れ
大阪府豊中市(主婦 50歳) 育児というと幼い子どもを想像しますが、 成人しても子どもとのかかわりが終わるわけではなく、 より強いストレスがたまることもあります。 子どもが小さいころには、「ぞうさん」などの歌を大きな声で歌い、 ストレス騨消をしていました。 できるだけ親子が出てくる歌を選び、歌って苦しい胸の内をはき出したら、 スッキリした気持ちで子どもを抱きしめることができたのです。 最近は、思いが通じなかったり、激しく反論してくる子どもたちにムムッとくると、 ″母よ〜″と自分の大好きな歌を歌って、気分を晴れ晴れとさせています。 感動できる歌の力って素晴らしいと思います。 また、大きな声を出すと肩の力が抜けて、頭の中が一度空っぽになれるので、 ストレス酵消にはおすすめです。 あまり深く考え込まないことだと思いますが、それでも思い詰めてしまう時、 いつも私は歌うことにしています。 ◆7割ママで十分との思いで 横浜市西区(英会話講師 50歳) 育児は、思うようにいかなかったり、体調が悪くなったりすると、 本当にストレスがたまるものです。 そこで、私が自分自身をコントロールするために、 やってきたことを3点、紹介します。 1、1日1回は、子どもを公園で思いっきり遊ばせる。 それは、お母さん友達を増やすチャンスにもなり、 日光を浴びることでリラックスもできます。 2、週に1度、″子ども抜き″の自由時間を持つ。 これは周囲の協力が不可欠ですが、私は毎週土曜日の4時間、 英会話学校で思いっきり勉強させてもらいました。 今では自分が教える立場となり、3年前には英検1級を取得できました。 3、完璧を目指さない、他人や育児書などと自分たちを比べない。 多少おしめがとれるのが遅くても、早寝・早起きができなくても、 あまり神経質になることはないと思います。 私は″7割ママで十分″くらいの気持ちでした。 子どもはあっという間に成長します。 いろんな失敗やつまずいたことも、 二人の子どもが大学生になった今では、なつかしい思い出です。 (聖教新聞より) ◆私は、和歌山在住の【miz】といいます。 不況で30数年勤めていた会社が閉鎖、全員解雇となり 副収入を捜していた時です。 工場で物を相手に仕事をしていた私にでも出来る在宅ビジネスに出会いました。 おまけに喜んでもらえて副収入になる在宅ビジネスでした。 本当に良かった。(^ △ ^)♭♪ この在宅ビジネスに出会えて!
2008年04月04日(Fri)▲ページの先頭へ
■1■育児ストレス■
◆「あきらめ」を実践し楽に
東京都東村山市(公務員 39歳) 4歳の娘がいます。だだをこね始めると、 何を言っても「やだ」の一点張り。 そこがどこであろうと座り込み、 あおむけになって、暴れていました。 もう、どうしたらいいのか分からなくて、 子どもとは少し離れ、ため息をついていました。 本紙・教育欄の連載コラム「子どもに笑顔を」の 「"あきらめ″も大事」を読み、少し実践してみました。 深呼吸をし、娘と同じ目線になるようにしゃがみ、 にっこりと笑いました。 すると、娘は私のそばまで来て、 何が「やだ」だったのかを話してくれました。 「ママが先に行っちゃうのがやだ」 「そうだったの。じやあ手をつないで行こうね」 ″早く、早く″とせかしていた自分の気持ちを「あきらめ」ました。 不思議なことに、怒ってばかりいた私でしたが、 笑顔になる余裕が出てきました。 おもちゃも、片付けても片付けても、 すぐ散らかしてしまうので、「もーつ」と思っていたのですが、 「ま、いいか」と「あきらめ」ました。 「あきらめ」ることでら楽になりました。 今は子どものペースに合わせていこうと思っています。 こんな時期もいずれは終わりが来ると思い、 友達とおしゃべりしながらストレス発散。 娘とカラオケにも行っています。 ◆励ましあえる生涯の同志を 神戸市垂水区(主婦 42歳) 転勤族のわが家が高知で暮らした時の話です。 現在4歳の長女が1歳くらいでした。 育児サークルの代表だった私は、 わが子だけでも手がかかるのに、 約20組の親子をまとめてイベントを開催。 それが地域の行事と重なることもあり、 イライラすることがしばしばでした。 そんな時、同じヤングミセスのTさんから 「遊びにおいで」との電話が。 彼女も転勤族で、4歳と0歳のお子さんを抱えながら、 やはり育児サークルの代表を務めていました。 家を訪れると、テーブルの上に"たこ焼きセット″がありました。 「今日はゆっくりしていって」と慣れた手つきでたくさん焼いて、 ごちそうしてくれたのです。 子どもたちとほおばりながら、育児や地域活動のことなど、 存分におしゃべりしました。 そして、「宮崎さん、無理したらあかんよ」と 明るく励ましてくれたのです。 この時、胸の中の氷がと溶けていくような気がしました。 慣れない土地で時々感じていた孤独感、 ストレス、悲観的になりがちだった自分が、 何か一つ、乗り越えられた実感を覚えた瞬間でした。 それ以来、力を入れすぎず、 楽しみながら育児や地域活動ができるようになり、 ストレスを感じたら、心の通う仲間とおしゃべりをして、 解消できるようになりました。 その後、Tさんは高松へ、私は神戸へ転勤で移り住みましたが、 今も″生涯の同志″として連絡を取り合い、励ましあっています。 (聖教新聞より) ◆私は、和歌山在住の【miz】といいます。 不況で30数年勤めていた会社が閉鎖、全員解雇となり 副収入を捜していた時です。 工場で物を相手に仕事をしていた私にでも出来る在宅ビジネスに出会いました。 おまけに喜んでもらえて副収入になる在宅ビジネスでした。 本当に良かった。(^ △ ^)♭♪ この在宅ビジネスに出会えて! |
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